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REFLECT AND RECONNECT

2011年3月11日の東日本大震災、それに世界のクリスチャンコミュニティーが応えてから10年の今年、対応いただいた方々に注目をし、耳を傾ける時間を持ちたいと思います。当時の記憶を思い起こし再体験するためではなく、現状を見つめ、災害支援に携わったことが人生にどのような影響があったかを分かち合うためです。心のケア部門が主催する今年の再会の場は以下の三つの質問に対しての答えを元にお互いの話を聞く機会です。

The Questions:

  1. クラッシュとはいつ、どこで仕事をしていたのか?どのような役割で、どのような仕事をしていましたか?
  2. あれから人生はどう変わりましたか?今はどこにいて、何をしているのですか?
  3. 3.11の災害への対応は、人生にどのような影響を与えましたか?振り返ってみて、今のあなたにとってどんな意味がありますか?

Reflect and Reconnect

余震、10年後。

土曜日の夜11時過ぎ、就寝の準備をしていた頃、犬が吠え始め、揺れが始まりました。戸棚の扉や流しの中の食器がガタガタと音を立てていました。玄関の戸を開けると、地面や周りの家々の揺れている音が聞こえてきました。私が住んでいる東京では、震度4を記録しました。福島県沖の震源地の震度は6強でした。.

6つの県において重傷者は確認されておらず、死傷者も出ていませんが、負傷者が出ていると報告されています。100万戸に停電が起こりましたが、数時間以内にほぼ復旧しました。道路、建築物や高速道路の一部が地滑りによって崩壊し修理を要しています。割れた食器や倒れた本棚の片付けはその大きな修復の必要に比べればほんの小さなことです。.

この地震は、津波を引き起こした東日本大震災とそれに続く原子力災害からほぼ10年後に発生しました。専門家はこれも余震だと語っています。2011年の地震の大きさからして、10年後にこの規模の余震が起きることは珍しくありません。

2011年の震災で災害支援に携わった団体は、震災10周年記念事業を計画しています。クラッシュジャパンも、この10周年をどのように迎えようか検討中です。復興を祝い、苦しみから卒業したいという思いがあります。もう終わったことだ、と言えるようになりたいという思いも持ちつつ、このような余震は、私たちがいかに弱い者であるかを思い出させてくれます。

郭ヘレンさんは心のケア部門のの責任者として戻りました

クラッシュジャパンに心のケア部門の責任者として、心のケアトレーニングプログラムをリードするため郭ヘレンさんが3年ぶりに再び加わりました。 ヘレンさんは3.11のサバイバーケア部門でクラッシュに勤務した後、DRCnetチャプレンシーのトレーニングプログラムの開発に貢献し、同時にカウンセリングの修士号を取得しました。2017年春、癌と闘っていた息子とアメリカで一緒に過ごすためクラッシュを退職しました。 息子の死後、日本に戻り、カウンセリングの仕事をしています。 ヘレンさんには心のケアトレーニングプログラムを開発することへの熱意があり、それが日本の牧師、信徒、災害対応者のための貴重なツールとなることを願っています。 このプログラムについては今後情報発信していきます。

ヘレンさんは、現在のスタッフと元スタッフのチームを集め、クラッシュの3.11災害対応に参加した全ての人のためにグローバルなイベントをオンラインで企画しています。 REFLECT and CONNECTは、この10年を振り返り、お互いにつながりを取り戻す場となるでしょう。3月13日~14日の開催を予定しております。(スケジュールや内容についての詳細は後日発表いたします。)

<フェイスブックより…>

先月4月29日73歳の地上でのレースを走り抜き、天の御国に凱旋した小坂忠師。小坂師は2011年の東日本大震災以降、音楽の賜物を用いて、被災地の人々に聖書の希望のメッセージを届け続けて来られました。震災当初クラッシュでスタッフとして奉仕して下さった方が、2013年に被災地で収録したインタビュー動画をご案内します。ぜひご覧ください。youtu.be/vYkGO4kq1K4 ... See MoreSee Less

2 weeks ago  ·  

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【訃 報】小坂忠師が今日29日午前に召天された。 忠さん(今日は忠さんと呼びたいです)は、東日本大震災後、東北の様々な地域でコンサートをされたと伺っている。クラッシュジャパン関連では仙台にベースがあった頃、市内の喫茶店(シャンテ・教会としても使用)で、コンサートの企画をお手伝いする機会があった。また宮城県の諸教会の主催でなされた「愛と希望のコンサート」でも賛美とユーモアのあるトークで聴衆を励ましておられた。 大震災後、クリスチャンアーティストたちが続々と東北の地に出かけて行ったのも、忠さんが率先して動いておられたことが大きかったと思う。熊本地震後も、九州キリスト災害支援センターの企画で熊本市内のナザレン教会にお嬢さんのエイジアさんとおいでになり、体調がすぐれない中、賛美をしておられた。(その直後に入院治療)忠さんは自ら作られた「勝利者」の歌詞のように、前を向いてしっかりと生きられたゴスペルシンガーであり、牧師であられた。 残されたご遺族の上に、神様の豊かな慰めと支えがありますようにお祈りいたします。  代表理事 永井敏夫役員、スタッフ一同以下、忠さんの奥様(でクラッシュジャパンで3.11以来法人の役員をして下さっている)叡華さんからのコメントを転写。お知らせ   4月29日 10時43分 牧師そしてシンガーソングライターの小坂忠は、5年前に発症した S字結腸癌から転移した全身癌による肝不全との闘いを終えて天に凱旋しました。 デビューから55年の幸せな音楽人生でした。セキュラーミュージックとクリスチャンミュージックの両方で多くの人々に愛され愛唱された事は身に余る光栄でした。 これまでのご厚情を心より感謝いたします。 「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。~中略~ しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。」新約聖書ヘブル人の手紙より トラミュージック 小坂 高 叡華 ... See MoreSee Less

4 weeks ago  ·  

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